3. 美女登場、そして台南から高雄へ
台南に戻ろう。しかし、久我はその前に、品木と坂西夫人(応氏珊希)に会っておこうと思った。
学校を訪れ、教員の品木と面会したが、さしたる情報は得られなかった。ナイーブな青年で、危険な思想を持ちそうな人物ではなかった。坂西夫人とは少し話したことがある程度らしい。
坂西夫人は殺害現場に居合わせた人の一人だ。だれもが坂西夫人のことを、とても美しい人だと言う。応家は清朝の名門の出、オランダ人の血も混じっているらしい。
坂西夫人の本名は、応氏珊希という。当初、中村鰈満という学者の内地人と結婚したが、中村鰈満は海で行方不明となって帰ってこなかった。そのあと大耳降署の保安係長の坂西と結婚したが、その坂西は街はずれの並木道で暗殺されていた。
夜、応氏珊希の家を訪れる。
暗い電灯の下、紫檀の家具が並ぶ中、応氏珊希は現れた。
豊満な体、それをぴったり包む黒い長衣、漆黒の髪、陶器のような肌、くっきりした目鼻立ち、二人と結婚してもなお残るあどけない表情。そして完璧な日本語…
しばし会話したのち、久我は暇乞いをした。
彼は、彼女の右手に大きな土耳古石の指輪がはめられていることを見逃さなかった。
日影丈吉は若い品木にこう語らせている。
「台湾はなんでも受け入れてしまう土地だ」
「50年間日本に統治されている台湾、内地人、本島人、山の上の原住民について考えてみればみるほど混乱し、メランコリックになっている」と。
「オランダ人、鄭成功、清国、日本、様々な国がやってきても、台湾の人は反抗しない。生きることのほうが大切だから」
現地の人は旅人にとても親切でやさしい。たとえそれが自国を占領していた日本人であっても。すべてを飲み込んで、猛暑の中青々と茂り、たくさんの花をつける植物のようだ。
これからの台湾はどうするのだろうか?これまでのように、すべてを受け入れていくのか?
そして、どうがんばっても、大目降に応氏珊希さんを見つけることはできなかった。
久我は台南で応氏珊希の母・応虞氏柯珊に面会する。珊希の指輪は淡水港がスペイン領だった頃に出たものだ、と言った。
一方、品木が書いた短編小説が手に入った。それは応氏珊希の二人の夫にまつわる話だった。品木はなぜその話を知っていたのか?
久我は大耳降に戻り、パーラーでサイダーを飲む。するとパーラーの少女が「奥さん(珊希)から品木さんに渡してと言われたの。」といって封筒を見せた。「持って行ってやるよ」と言って、彼女にわからないように封をあけると、そこには一枚の紙が入っているだけだったが、その紙には謎の五言絶句が書きつけられていた。
五言絶句の謎を考えているうちに、応氏珊希は姿を消してしまったのだった。
そんなわけで、旅は続きます。読んでくれてありがとうございます。