騙す奴

かんぽ生命の不祥事にはびっくりだ。80代の人に、94歳で満期になる保険に入らせたとか。たくさんの営業の人がそんなことをしていたなんて、おかしい。月額の支払い額合計が何万円もになる契約を、一人のお客から取れることもおかしいし、だれもチェックしていないのはおかしい。「忖度」では済まされない。誰かが「そうしろ」と言っていたに決まっている。

1.神様を勉強しろ

同じ学部のヨシコが、「お茶会の券があるんだけど、一緒に行かない?」と誘ってきた。1人500円で参加できる券を、同志社大学のそばで女からもらったそうだ。お茶を飲みながらケーキを食べて、楽しくお話する会で、ビデオを自由に観ることができて、英語のサークルもあるという。一緒にきてほしい、と。

当時、「学生がかどわかされるので注意」という警告が大学から出ていた。『統一教会』『勝共連合』という言葉もささやかれていた。特に民青系のサークルから注意が強く発せられていた。

ヨシコはその女が同志社の人だと思っていた。私や友人たちは京都のはずれの名もない大学の学生だったので、ちょっとかかわってみるのもいいか、といった感じだった。バカ学生である。

北大路のビルの一室に四人で行った。少し太った女がいて、その女が司会者だった。皆で輪になって座り、今何をしているか、何に興味があるか、などお茶を飲みながら語らされた。なんとなく居心地が悪いので、いつになったらビデオを見せてくれるんだよ~、としつこく言ったところ、ビデオ鑑賞室に連れて行ってくれた。各ブースに一台ずつテレビがあって、一人ひとり個別に座り、観る。

ビデオが始まった。男が黒板に向かって何かを書きながら「神が…」と説明を始めた。あちゃー、どうしよう。それでも10分位は我慢したのち、友人に「帰ろう」と投げ文をした。

ヨシコは平謝りだった。でも、彼女が悪いとは誰もいわず、無事に帰ってこれてよかったと思っていた。万一、一人で行っていたら大変なことになったかもしれない。敵は北大路の角のビルに立派な部屋を作る資金力と組織力があり、脇の甘い学生を引き込もうと仕掛けているのだ。


その後、統一教会の人には何度か出会った。職場に勝手に「珍味売り」が乗り込んできて、魚の干したものや、ハンカチなどを売ろうとした。昔はセキュリティが甘かったので、こちらが残業をしていると勝手に入ってきては、先輩に「出ていけ!」と厳しく追い払らわれていた。でも、彼女は何が悪いのか、もうわからない様子だった。家にやってくる人もいた。彼女達はいつまで絞りとられたのだろうか。

2.ダイヤを売れ、または金を売れ

無名私立大学の成績が悪い女子学生には、就職先は無い。ヨシコのような、きちんと学校に行って、成績・品行もよろしい子は、ちゃんとデパートから内定をもらっていた。

とにかく何でもいいから就職したいが、そもそも女子の採用は少ない。就職雑誌についている採用説明会応募ハガキを何枚も送ったが、だめだった。大企業も小企業も門前払いだ。

数社、返事が来た。一つは『ベルギー・ダイヤモンド』だった。儲かる、新しい販売方法、とうたっていた。初任給が高い。兄に相談したところ「ええんちゃうか」と軽い返事だ。説明会の場所も梅田の新阪急ホテルだし。

説明会にはたくさんの学生が集まっていた。なんと、冷たい飲み物が出た。最初に普通のおじさんが何か説明した。次は先輩社員の体験談だ。

ヤンキーである。眉毛が。パンチ、かつ、後ろ髪長い。とつとつと、この仕事をしてよかったと話している。ヤンキーが先輩で何が悪い?と自分の偏見を抑えながら、次のおじさんの話を聞くと…

あなた方には、ダイヤモンドを知り合いに売ってもらって、またその知り合いにダイヤモンドを売ってもらいたい、とかなんとか言いだしたのだ。騙された。

マルチやんけ!なんでヤンキーとダイヤ売らなあかんねん!

その後、豊田商事の事件があったとき、「ベルギー・ダイヤモンド」の名前も出てきて、ムカムカしたものだ。うちの兄は頼りにならない!


もう一つ、大阪で働ける仕事があったので、面接に行った。「金の売買をする商社の営業」である。幸い不合格であった。今は、先物取引の営業電話をかけまくる女の子が欲しかったんだな、と思う。

3.浄水器はいかが

転社したての私に、事務の女性は親切だった。名前を思い出せないので、アキさんとしておこう。若い女たちの反乱にあったり、事務処理で失敗ばかりしている私をよくフォローしてくれた。

地方の小さな事務所で、ほとんどの技術者は客先に出払っており、管理職は常駐しない職場だ。ある日、書類をアキさんに渡そうと彼女の座席に行くと、ここに座れと言う。何だろうと思っていると、パンフレットを出してきた。水道水がいかに汚れているか、健康に悪いかを熱く語り、浄水器を買わないかと言ってきた。ああ?仕事中に勧誘かい!驚いた私はしばらく聞いていた。困って動けなかったのだ。

私は琵琶湖の汚い水で育ってきたので、名古屋の水は平気だ。すごくうまいと思っているくらいだ。私はよほど鈍くさい女だと思われているようで、そこに腹が立った。

その後、噂によると、彼女は自民党に就職し、留学が決まっていた20歳くらいの男子音大生を略奪して結婚し、子供を産んだという。きっと色んなものを売りまくったことだろう。

4.プロテイン団子を食べよう

もう名前を思い出せないので、仮にナツさんとしておこう。彼女とは、「名古屋国際合唱団」という、大げさな名前だが団員10人くらいのしょぼい合唱団で知り合った。なかなか力強いアルトだった。福祉系の仕事をしており、安定した人柄で、私は好きだった。

あるとき彼女から、自分の家で友達を呼んで料理教室をやるので来ないか、と誘われた。私は料理に興味がないので断ろうかと思ったが、彼女と親交を深めてもよいかと思い、行くことにした。

彼女の部屋を訪ねていくと、すでに三人のお友達が来ていた。がんばって、みなさんと気さくにあいさつした。

いよいよ料理教室がはじまった。彼女らは、白い粉で団子を作り始めた。「プロテイン団子、体にいいの。」といってホットプレートで焼く。私にはホウ酸団子にしか見えない。そのほかに、なんだかわからない「からだによい料理」を実演する。私はなんだかわからないソレらを食べた。まずいんだ、これが。

みんなが、おいしい、体にいい、と口々に称える。かわいい女性が言う。「これ、本当に体にいいの。これを食べ始めてから二番目の子供を産んだとき、出てきた胎盤がピンク色で、とてもきれいだったの!」「へー」

お前の胎盤の話なんぞ聞きたないわ!

最後のデザートに、ミキプルーンがでてきたさ。そうだったんだね。みんなぐるだったんだ。

プルーンはおいしかったけど、一生買わないと心に決めた。もちろんまずいプロテインも買わないぞ。

しばらくして彼女は合唱団に来なくなった。

5.洗剤を売るな

同じ合唱団にいたハルちゃんは、下の兄弟がたくさんいて大変そうだったが、明るくて美しくて、どこかの会社で働いていた。自分が男だったら嫁にしたいと思ったものだ。案の定、若い税理士と婚約して、あーよかった、と思っていた。

ある日、予告もなく、二人が私の部屋(1K、布団が積んである)を訪ねてきたのである。なんだか雰囲気がわるい。

彼 :「こいつが洗剤を売る仕事をするんだっていうんだ。こおろぎさん、止めてやってくれ!」

ハル:「私だって、何かしたい!自分でできることがしたい!」

彼 :「ナツさんがアレやってるから影響をうけたんだろうけど、ダメだ!」

ハル:「どうしてダメなの?!」…

私はもちろん彼に賛成である。税理士の妻になったら洗剤を売る必要はないじゃないか。でもハルちゃんは、結婚することも大事だけれど、一方、自分の力で稼いでみたい、自分の力で社会から認められたいと考えたのだと思う。兄弟のためかもしれない。気持ちはよくわかるけれど、私は洗剤を売る商売自体が嫌いだったので、やめたほうがいいよ、と言った。そのかいもなく、そのあとも二人は私の部屋で大ゲンカをし続けた。

その後、彼らはめでたく結婚した。洗剤売りの話はどうなった?とか野暮な話はできないので、結末はわからないが、多分ハルちゃんはやらなかったと思う。

私には洗剤はどうしてもマルチに思えるんだけど。


マルチは、かすかな人間関係であってもそれを壊していく。騙された者が騙す者に変わってしまう。そんなことはのみこんで付き合っていくんだよ、という人もいるであろう。でも、騙す人にとっての自分は、もう金づるでしかないとわかったとき、愛は冷めてしまうのよ。

6.マカオでカモに

ホテル・リスボアの地下のカジノ、一人でひっそり博打を打ちたいと思っていた。そうは言っても、私はスロットマシンしかできない。それに、たいてい最大三万円までしか使わない、と決めている。賭け事が好きな人たちにしたら、お話にならないだろう。でもいいのだ、張り合いません。

ちまちまスロットをやっていると、若いがハンサムでない中国人の男がくっついてきた。毎度のことだが、私は外国語はわからんと言っているのに、向こうは熱心に語る。彼は、俺にやらせてみろ、といった感じでやり方を教えるのである。彼と一緒にやっていてもちっとも面白くないので、あっちに行ってくれというが通じない様子。通じていても通じないふりだ。よくわからないが、今、私はカモだ。ガイドブックどおりだな。

彼が教えてくれると、だんだん勝ってくる気がする。しかし、結局はチャージした金額が減ってきて、負ける。

そして彼は言うのだ、「もっとお金をおろしてきなさい、そうすればきっと勝てる」

アホンダラ、そんなことできるかい、と口に出しては言わないものの、そいつと離れるには賭場から出ていくしかなかった。気分悪く、賭け事をする気にもならず、ぼんやりマカオの街を腹を空かせてさまよった。

マカオって最低!と思ったところで、こぎれいな小さな西洋料理屋に出会った。その店の女主人は、毛をむしられた日本人女に、静かに料理を出してくれた。とても、おいしかった。

(2019/08/03)

魔のリスボア。大陸の人が両替所で行列を作っていた。
安らぎの店。