夫婦の姓が別々で、何がいけないのか。
私は結婚しているが、結婚の制度の良し悪しにあまり意見はない。
しかし、名前については一言ある。
結婚後、職場では元の苗字で働きたいと思っていた。ところが周りの社員が、何が何でもくらいの勢いで私を新しい苗字で呼ぶので、不愉快ながらも慣れてしまった。
結婚の休暇を申し出ると、所長は「入籍しないと与えられない」と言う。
急いで出かけた先の熱田区役所の女性は「今、昼休みだから、あとで来てください」と言う。どんな役所。一生忘れない。
そうこうしているうちに、リーダーからは早く戻れと電話が鳴る。
みんな好き勝手言いやがって。
(あまり関係なかった…)
結婚後も、モヤモヤしていた。
年末調整の緑色の紙に「世帯主と本人の関係( )」と記入する欄がある。そこに何と書くか?しばらくの間私は、狭いカッコの中に、はみ出させながら『配偶者』と書いていた。夫・妻という言葉が苦手だった。
実はこうした駄文にも、「夫が」と書くのはちょっとつらい。『夫・妻』という言葉には昭和が染みついていて、なんというか煮しめの香りがするのだ。
代替案も考えた。
・主人 (私は奴隷ではない)
・旦那 (私は召使ではない)
・配偶者(衒っていると感じてしまう)
・家人 (気に入っているが「家族の中で、主人以外の人。家の者」との説明があったので、ちがうかなと)
・おとうさん(子供はいない)
・ハズ (ありえない)
※人様が使っているのは全く気にしていませんので、誤解なきようお願いいたします。
話すときに『愚妻』を使う男性は好きだ。へりくだっている感じがする。そういう言葉があると良いのだけれど。『愚妻』『愚息』はあっても『愚夫』は無い。
そんなわけで、呼称についてはかなり敏感なほうだと思う。
まず、飲み屋で「おかあさん、ビール」などと言う男性(もういませんかね)、許せない。その女性に子供がいるとは限らないし、ましてやその女性はあなたを生んでいない。せめて「お姉さん」でしょう。テレビの旅番組などでも、年配の方に「おかあさん、これは何ですか」「おとうさん、どこ行くの」などと尋ねているのを見ると、即チャンネルを変える。(なぜか鶴瓶は可。)
飲み屋の「ママ・パパ」は、特殊なので気にならない。ママもパパもそう言われることを望んでいると思うから。
営業担当の男性は、皆を「お前」と呼ぶのでムカムカしていたが、ある日私にまで「お前」と言ってきたので、「私はお前という名前ではありません」と言ってやった。溜飲はおりたが、関係はさらに悪化した。
あと、病院関係の仕事をしているときに、お客様から「婦長」と呼ばれた。いくら年かさだからって、そりゃあないでしょう。
もとい。
結婚を繰り返した女性は、判子が増えて大変だと言い、机の引き出しからわさわさ印鑑を出して見せてくれた。その時使っていた、単なるしるし。
だれと結婚したかというしるしに姓を使うことが、現実に合わなくなってきている。
誰と誰が夫婦であるかをいかに表すか。姓に代わる新しい符号が必要なのではないか。
その符号を誰に、どのようにつけるのか。別姓の男女、同性同士、離婚・再婚、いろんなケースに耐えられる仕組み。子どもはどうするのかも考えなければ。
成人したら個人の属性として、夫婦を示す符号を扱うような構成にしなければならないのだろう。マイナンバーを利用して?評判悪い背番号制、でも必要になってきたのかな?
そうなると、たくさんの法律やしくみを、現実に合わせて組み替えなければならないだろう。
だから政治家は尻込みしているのでは?面倒なのでしょう?マイノリティの話だと思って軽く考えているのでしょう?
そして、お願いだから私のことを「おかあさん」と呼ばないでください。
(2019/7/4)